「南相馬市」こころの故郷
3月15日(金曜)、東日本大震災から13年、福島は第二の故郷。
あの日(三月十一日)、私は、車で五分の距離にある弊社の倉庫に向かう途中でした。
大地震は交差点で停車中に起きました、最初は「強風」に煽れているのかと思いました。
ただ目前の信号機が「異常な揺れ方」をしているのを見て、緊急事態発生を悟りました。
慌てて本社に戻り社内を確認すると、破損レベルではなく、正しく「破壊状態」でした。
その後の記憶は曖昧ですが、とにかく早々に帰宅、こちらも家具が大散乱状態でしたが、
倒れたテレビを戻してスイッチを付けた瞬間、流れた映像は「南相馬市」の惨状でした。
実は前年、南相馬市からの御依頼で、私は南相馬市でセミナー講師を務めておりました。
正式名称は「厚生労働省委託事業・相双地域雇用創造推進事業」、その講師となります。
私は一年間、JR常磐線「原ノ町駅」の前にある、ラフィーヌ(会場)まで通いました。
一年間の長期でしたので、受講生の方々とは、セミナー終了後は家族の様な感覚でした。
テレビで映る南相馬の惨状を見た時、正に、その方々の顔が私の頭を・・(次回に続く)