「梅雨対策」の見えざる敵

6月10日(金曜)、今年も梅雨入り、湿気対策はお早めに。

全国各地で梅雨入りが本格化しております、ただ今年は「梅雨寒」の日が多いですね。

さて、梅雨の到来と言えば、「洗濯物の部屋干し」と「家財の湿気対策」は不可欠です。

その内「部屋干し」の方は、扇風機やエアコンなどの家電の活用で改善できるのですが、

家財の湿気対策の方は家電では難しい、さすがに家の隅々までエアコンで除湿は不合理。

梅雨に現れる「真の敵」は、目に見える雨ではなく、目に見えない湿気という訳ですね。

 

見えない敵を探し出すのが「索敵」、ミッドウェイの教訓。

湿気やウイルスは見えない敵ですが、ミッドウェイでも「見えない敵空母」に悪戦苦闘。

日本の機動部隊は「索敵機」を四方に飛ばし必死に探しますが、米空母は見つからない。

南雲長官は、「ミッドウェイ島への爆撃」と「米空母への雷撃」、攻撃法の選択に苦悶。

因みに、機動部隊の索敵は、巡洋艦(重巡洋艦)に搭載された水上偵察機が担いました。

また余談乍ら、一般的な「重巡」には、3機か4機の水上偵察機が搭載されていました。

戦況の詳細は割愛しますが、本海戦の結果は、日本側が「四隻の主力空母」を失う大敗。

この大敗の原因として、機動部隊の「索敵力の脆弱さ」は、確実に挙げられるでしょう。

 

日本は米国と並ぶ「巡洋艦王国」、重巡「十八隻」を保有。

ミッドウェイには、重巡「利根」と「筑摩」の二隻が参加、この二隻は飛び切り優秀で、

それぞれ水上偵察機を6機も搭載、単艦としては「世界トップ」の索敵能力を誇ります。

但し、いくら単艦の能力が秀逸でも、二隻だけでは、機動部隊の全偵察機は12機のみ。

ここで想起すべきは、日本は「十八隻」の重巡を保有する、巡洋艦王国だったという事。

ところがミッドウェイで戦っていたのは、重巡「利根」と重巡「筑摩」、たったの二隻。

残りは何をしていたか、大多数が瀬戸内海の柱島で待機、これを柱島の昼寝と言います。

もしも、この待機中の重巡の内、「六隻」だけ、南雲機動部隊に追加していたらどうか。

追加される各艦には偵察機が4機搭載、故に六隻だと「24機の偵察機の増援」となる、

これに、元々いる利根の6機、筑摩の6機を合算すれば、機動部隊の全偵察機は36機。

この陣容であれば、南雲機動部隊の「索敵計画」はどれだけ楽だったか。こう考えると、

ミッドウェイの敗因は、南雲長官の「判断ミス」と言うよりも、寧ろ連合艦隊司令部が、

機動部隊に投入すべき「軍艦の選択を誤った」のが大きい。ミッドウェイは教訓の結晶。