「小惑星探査機」はやぶさ

10月25日(月曜)、今月はノーベル賞月間、真鍋淑郎さんが見事受賞。

スポーツの秋、文化の秋、そして今月はもう一つ、「科学技術の秋」でもありました。

日本人としては2年ぶりの大殊勲、真鍋淑郎さんがノーベル物理学賞を受賞されました。

そして今回の真鍋さんの壮挙で思い出すのは、日本の科学技術振興の父、糸川英夫さん

糸川先生の発明品はペンシルロケット、日本の「宇宙開発」は、ここから始まりました。

 

ペンシルロケットの発射実験、実は「早稲田実業」とも深い関係があります。

糸川先生のペンシルロケット、その発射実験は、東京の「国分寺」で決行されました。

その国分寺の発射基地、今は、早稲田実業の校庭(テニスコート)になっているのです。

さてその糸川先生、戦前戦中は「航空機の設計」が主で、代表作は陸軍の戦闘機「隼」

因みに2003年に打ち上げられた小惑星探査機はやぶさ、探査目的地は「小惑星25143」、

その小惑星を後日、イトカワと名付けたのは、戦闘機隼と糸川先生の関係が由来ですね。

 

糸川先生は「実験重視」を明確に示され、試行錯誤を強く求めました。

故に「地上での実験」は猛烈、そして、そこで使うのが「地上実験試作機」です。

私共は、その地上実験試作機の製作で、「日本の宇宙開発」に長く関わって参りました。

ちなみに航空業界では、「人工衛星」の地上実験試作機を、特に衛星モデルと呼びます。

実は弊社、日本が打ち上げた殆どの衛星モデルを製作させて頂きました(動画で紹介中

という事で今日の写真は「衛星モデル」、糸川先生由来の「小惑星探査機はやぶさ」です。