「南相馬市」は講師の原点

3月15日(月曜)、今年は東日本大震災から10年目、我が家の傷跡もそのままです。

10年前の3月11日、私は、会社から車で10分の距離にある「倉庫」に向かう途中でした。

大地震は交差点で停車中に起きました、最初は「強風」に煽れているのかと思いました。

ただ目前の信号機が「異常な揺れ方」をしているのを見て、緊急事態発生を悟りました。

マンション内の弊社並びに自宅は、破損レベルではなく、まさしく「破壊状態」でした。

 

ニュースで伝えられてきた「南相馬市」の惨状に、ただただ言葉を失いました。

地震直後の夕方、家具が散乱状態の自宅に戻り、倒れたテレビを戻し電源を付けた瞬間、

流れた映像は「南相馬市」の惨状で、私はとっさに「みんなは無事かな」と呟きました。

実は前年(2010年)、南相馬市からの御依頼で、私はセミナー講師を務めておりました。

正式名称は「厚生労働省委託事業・相双地域雇用創造推進事業」、その講師となります。

私は一年間、JR常磐線「原ノ町駅」の前にある、ラフィーヌ(会場)まで通いました。

一年間の長期でしたので、受講生の方々とは、セミナー終了後は家族の様な感覚でした。

テレビで映る南相馬の惨状を見た時、まさに「その方々の顔」が私の頭をよぎりました。

 

大地震から数日後、「みんな無事です!」の一報を受けた時、私は泣きました。

地震発生から10日くらい後、受講生の幹事役であった須藤さんからメールが届きました。

「石田先生、みんな無事です!」、須藤さんからの短いこのメールに私は救われました。

今思えば、不思議な御縁としか言いようがないです、東日本大震災の前の年ですからね。

この思い出深き「南相馬市でのセミナー」は、今日まで静かに胸にしまっておりました。

しかし10年が経過をして改めて感じます、「南相馬市での一年間」は私の誇りである事。

そして、その時の仲間は私の宝物、まさに南相馬こそが、私の講師活動の原点なのです。